いまから130年ほど前、アメリカで「電流戦争(The War of Currents)」と呼ばれる、はげしい技術対決がありました。争ったのは、発明王トーマス・エジソンと、天才技術者ニコラ・テスラ。テーマは「これから世界に広める電気は、直流と交流のどちらにすべきか」という一点でした。今あなたの家のコンセントに来ている電気は、この対決の“勝者”です。今回は、少しドラマチックなこの物語を通して、直流と交流の違いをやさしくひもといていきましょう。
主役は、二人の天才
一方の主役は、電球や蓄音機で知られる発明王エジソン。彼が推したのは「直流(DC)」でした。もう一方は、交流モーターなど数多くの発明を残した天才テスラ。彼が信じたのは「交流(AC)」です。テスラの交流方式は、実業家ウェスティングハウスが後ろ盾となり、エジソン陣営と真っ向からぶつかりました。当時すでに名声を得ていたエジソンにとって、自分の直流システムを脅かす交流は、どうしても認めたくない相手だったのです。
意外に思うかもしれませんが、世界で初めて商用の発電所をつくったのは、そのエジソンでした。1882年、彼はニューヨークに直流の発電所を建て、周辺のビルへ電気を送り始めます。ところが直流には大きな弱点がありました。電圧を上げ下げするのが難しく、電気を遠くまで送れなかったのです。エジソンの発電所がカバーできたのは、せいぜい半径1〜2キロほど。街じゅうに電気を届けようとすれば、あちこちに発電所を建てなければなりません。この「遠くへ送れない」という弱点が、のちの戦いで重くのしかかってくることになります。

そもそも「直流」と「交流」は何が違う?
直流(DC)は、電気が常に一定の向き・一定の大きさで流れるタイプです。乾電池を思い浮かべてください。プラスからマイナスへ、いつも同じ向きに流れます。シンプルで扱いやすいのが特長です。
いっぽう交流(AC)は、電気の流れる向きが周期的に入れ替わります。プラスとマイナスが、1秒間に何十回も高速で入れ替わっているのです。日本の家庭用コンセントの電気はこの交流で、東日本では1秒間に50回(50Hz)、西日本では60回(60Hz)も向きが変わっています。グラフにすると、直流はまっすぐな横線、交流は波打つ曲線になります。この「波」こそが交流の正体です。
イメージで言えば、直流は「ずっと一方通行の道を進む車」、交流は「同じ道を行ったり来たりする車」のようなもの。一見すると一方通行のほうが便利そうですが、この「行ったり来たり」する性質こそが、のちに交流を勝利へ導く大きな武器になります。向きが変わり続ける電気は、コイルを使った「変圧器」と相性がよく、電圧を自由自在に変えられるのです。ここは少し先取りになりますが、覚えておいてください。

激しさを増した「戦争」
対決は、技術論だけにとどまりませんでした。エジソン陣営は「交流は電圧が高くて危険だ」というイメージを広めるため、公開の場でさまざまな実演を行い、交流の危うさを強調したと伝えられています。当時、電気はまだ新しく、多くの人にとって得体の知れないもの。だからこそ「危険か、安全か」というイメージ争いは、大きな意味を持ったのです。今の私たちから見ると少し過激な宣伝合戦ですが、それだけ両陣営が本気で未来をかけて争っていた、ということでもあります。
そんな中で交流の実力を強く印象づけたのが、1893年にアメリカ・シカゴで開かれた万国博覧会でした。テスラとウェスティングハウスの交流システムが、会場全体を数十万個ともいわれる電球で明るく照らし出したのです。夜を昼のように変えるその光景は、多くの来場者に「交流は安全で頼れる」という強い印象を残しました。危険だと宣伝された交流が、実演の力でイメージを押し返していったのです。
勝敗を決めたのは「遠くまで送れるか」
最終的に勝敗を分けたのは、宣伝ではなく「送電」の実力でした。電気は、電線を長い距離送るほど途中でロス(損失)が生まれます。このロスは、電圧を高くするほど小さくできるという性質があります。ここで効いてきたのが、交流の大きな武器「変圧器」です。交流は変圧器を使えば、電圧をかんたんに上げたり下げたりできます。発電所で電圧をぐっと高くして遠くまで効率よく送り、家の近くで安全な電圧に下げる——この芸当が、当時の直流にはうまくできませんでした。
この強みを世界に見せつけたのが、アメリカ・ナイアガラの滝に造られた巨大な水力発電所です。交流方式で発電された電気が、遠く離れた都市まで送られ、見事に街を動かしました。こうして「長距離送電に強い交流」が世界の主流となり、電流戦争は交流の勝利で幕を閉じたのです。あなたの家のコンセントが交流なのは、この時の結果を今も受け継いでいるからなのです。
ナイアガラの発電所が送り出した電気は、約40キロ離れたバッファローの街まで届いたと言われます。「そんなに遠くまで、本当に電気が送れるのか」と半信半疑だった人々の予想をくつがえす快挙でした。この成功が決定打となり、世界の電力網は交流を土台にして一気に広がっていきます。今、私たちが日本中どこでも当たり前に電気を使えるのも、もとをたどればこの交流方式のおかげなのです。

じつは今、直流が“逆襲”している
ところが、話はここで終わりません。実は近年、エジソンが推した直流が静かに勢いを取り戻しているのです。スマホやパソコン、LED照明、太陽光発電、電気自動車(EV)——これらはすべて、内部では直流で動いています。太陽光パネルがつくるのも直流の電気です。私たちは家庭の交流を、機器の中でわざわざ直流に変換して使っている場面がとても多いのです。「送るのは交流、使うのは直流」。100年以上前の対決は、形を変えて今も続いていると言えるかもしれません。
さらに、電気を大量に使うデータセンターや、国と国をむすぶ超長距離の送電では、いまや「高圧直流送電(HVDC)」という直流の技術も活躍しています。スマホやパソコンの充電に使う「USB」も、流れているのは直流です。エジソンが夢見た直流は、最新の技術に支えられて、思わぬ形でよみがえっているのです。
ちなみに、敗れたように見えるエジソンも、勝ったテスラも、その名前はどちらも現代にしっかり残っています。磁力の強さを表す単位「テスラ(T)」は彼の名にちなんだものですし、有名な電気自動車メーカーの社名にもなりました。勝ち負けを超えて、二人の名前は今も電気とともに生き続けているのです。
まとめ
エジソンとテスラの電流戦争は、交流の勝利で決着し、私たちの家には今も交流の電気が届いています。でも、その電気を実際に使う家電の中では、直流が大活躍している——そう考えると、両雄の戦いはどちらも“正解”だったのかもしれません。ふだん何気なく使っているコンセントの向こうに、こんな熱いドラマがあったと知ると、電気が少し面白く見えてきませんか。